気まぐれ日記 03年9月

03年8月はここ

9月2日(火)「ビデオなんか観ている場合じゃない・・・の風さん」
 先週から小説家に復帰している筈なのに、なかなか思うように時間を使えない。早めに帰宅しても、メールチェックしているうちに悪い癖が出て、あっちこっちメールを送っていて、あっという間に就寝時間だ。
 今夜も同じ症状に陥っていると、ドアをノックする音が・・・。「ビデオ観てもいいよ」ワイフの声に、「よし!」と返事しつつ執筆マシンをスタンバイ・モードにして書斎を出た。
 先週末に借りてきたメグ・ライアン、ニコラス・ケイジの「シティ・オブ・エンジェル」である。天使が人間に恋するなんてファンタジーだしシュールでいいじゃん、と観る気になったのだ。
 着想は、どれが最初か知らないが、「ジョーブラックをよろしく」「シックスセンス」と同類だ。内容としては、それぞれ趣が違っていて、私は「シックスセンス」が一番好きだな。次が「ジョーブラックをよろしく」。ということは、「シティ・オブ・エンジェル」が3番目か(苦笑)。あ、もう一つ同類を思い出したぞ。「ゴースト」。ま、順位はどうでもよくなってきた。とにかく、こういった自由な発想が小説にも欲しい。見習わねば。
 次第に夏も終わりに近付いている。依然としてゴキの出現がない。これは、確かに冷夏の証明かもしれない。

9月3日(水)「正当化できない浪費癖・・・の風さん」
 どうも最近金銭感覚が鈍っているというか浪費癖がひどくなった。たとえば、帰省の帰りに東京でかなり料金の高いホテルに宿泊したが、ああいう経験をすると、普通のビジネスホテルは言うに及ばず、シティホテルまでが割安料金に思えてくるから恐ろしい。
 ・・・なーんて、どんなに筆舌を尽くして言い立てようと、買っちゃったものは仕方ない。え? 何を買ったかって? 卓上超音波洗浄機である。老眼鏡や入れ歯を洗うための伏線だろうって? そこの貴方! なかなか鋭い読みだね。しかし、残念ながら違〜う。指輪やネックレスなどの貴金属類を洗うのが目的である。
 最近、二人の娘も色気づいて、装飾品に目がなくなってきた。ワイフもそうだが、買っても買ってもそのままにしておくと、汚れや傷で光沢が失せてくる。そうなると、また新しいものの輝きに心を奪われるのだ。それはちょうど、いいおっさんの私が若い娘に心をときめかすのに似ている。いけね! つい正直な気持ちを白状してしまった。・・・ま、いっかー。ついでに、最近誰が気になっているかというと、ハセキョー。長谷川京子。ち、違う。断じてロリコンではありません! 私はOmO教授とは違う。

9月4日(木)「話しているのは2人でも人格では4人・・・の風さん」
 夕べは色々な物を洗浄して面白かった。明らかにきれいになったのは子供の眼鏡と、指輪の裏側だ。
 久しぶりに電車で名古屋へ出張した。講演会を聴講するのが目的だが、ついでの用事もたくさんある。
 この気まぐれ日記は、私の小説家としての行動を中心に展開しているので、どうしても公私混同的になってしまうので、いつも注意しているのだが、注意にも限界がある。たとえば、今日の出張もその限界を超えている。なぜかというと、講演会の主催者自身が2足のワラジ、姓名判断の南山誠林(なんざんせいりん)さんだからだ。二人で話をしているところを知らない人が聞き耳を立てたらついて行けないであろう。だって、話しているのは二人だが、人格としては4人で話している状態になっているのだから。
 しばらく中断していた南山誠林さんのホームページが、来月からオープンするそうである。従来のビジネス姓名判断だけでなく、恋愛占いや子供の命名法も加わるらしい。楽しみである。オンネットしたら再度お知らせしたい。
 雑談が長くなってしまったので、急いで会場を辞した。
 自宅の最寄の駅で降りたら、タイミング良くワイフの車が駅前にやってきた。振り返ると、長女が駅の階段を降りてくるところだった。ワンギリで迎えに来させたのだ。こっちは運動にもなると急な坂道を歩いて帰ろうとしていたのに・・・。ぶつぶつ言いつつも、ちゃっかり便乗して帰宅した。
 急に眠くなり、11時前に寝た。

9月5日(金)「突然の発熱で死にそうに・・・の風さん」
 ミッシェルで豊川へ出張するので、6時に起床した・・・が、体調が悪い。体の節々が痛く、熱っぽい。6時半にスタンバイできた状態で体温を測ってみると37.5度だった。平熱の低い私には、こんな状態でのロングドライブは危険である。仕事は重要だが、事故を起こしたらすべてがパーである。急いでベッドへ逆戻りし、目覚ましを定時に合わせ目をつぶった。
 2時間後に枕もとのケータイを使って会社へ電話した。体調はますます下降線だ。
 それからがひどかった。とにかく頭が猛烈に痛いので、這うようにして階下へ降りて、アイスノンで氷枕を作ったのだが、頭痛はいっこうにおさまらない。体の痛みも節々ではなく、背中や腰、腕、両腿といった筋肉が痛いのである。どこかへ行っているワイフへケータイでワンギリをかけ、ようやく現れたワイフに初めて「死にそうだ」と伝えると、結婚以来初めてと思われる付ききりの看病をしてくれた(涙)。
 この間、ひたすら頭を冷やすことと、バファリンを飲みまくっていたが、頭はがんがん割れそうだったし、全身の筋肉が痛みで緊張して切れそうだった。後で、ワイフに聞くと、触った感じの私のおでこや首筋から推定して、39度くらい出ていたのではないかとのこと。いずれにしても、二人とも怖くて体温を測る気にもならなかった。
 苦痛の中でもときどき悪夢を見たりした。3日の出張帰りに伊勢湾岸道路でパトカーの横を110km/Hで追い抜いたのだが、制限速度が80だったとかで、早くも「免停」通知書が届いたというもの。んなバカな。

9月6日(土)「治りつつあると誤解し続ける風さんの巻」
 午前中も病は全く軽快する気配がなく、さりとて病院へ行くほどの気力も体力もない。いや、こんなときに外出したら、ますます悪化して取り返しがつかなくなるだろうと真剣に思った。
 そうして、昼を過ぎたころ、突然、頭痛が軽くなっていった。アイスノンを何度取り替えたことか。バファリンは飲みすぎてひと箱なくなってしまったほどだから、そろそろよくなってくれなければ、たとえ治っても、後遺症が残りそうな瀬戸際ではあった。背中や腰は痛かったが、きっと寝すぎたせいだろうと思いつつ階下へ降りて、久しぶりに食堂で讃岐うどんを食べた。これが実に美味かったのである。「しめた! これで治る」と思った。
 シャワーを浴びてさっぱりし、ソファで寝そべりながら余裕で読書を始めたりしたものだ。そして、疲れると、2階のベッドで横になり、「後はリハビリだな」と呟いていた。
 しかし、背中や腰の痛みはいっこうに引かなかった。もうバファリンを飲むのを中止していたのだが、夜遅くなるにつれて、このままでは眠れない状態になっていった。起きていても何もできないのである。私は今月の勉強会を欠席することを決めた。15日に上京している余裕は既になくなっている。
 それでもまだ治癒しつつあると誤解していた私は、午前1時、チューハイでバファリンを流し込んで、無理やり就寝した。上京を中止してもやることは山とある。

9月7日(日)「ようやく異常に気付く風さんの巻」
 起きて鏡をのぞくと、睡眠がたっぷりなので白目が真っ白である。なのに目がくぼんでいる。変だ。
 そして、起きていると背中や腰の痛みはどんどんひどくなる。しかし、いつまでも寝ていられない。月曜日に出勤するとしたら、その前にやっておくことがある。そのためにはできれば会社にちょっと行きたい。いや、それだけではない。小説家としての仕事もどんどん滞留してきているのだ。
 長時間起きていられないので、しばらく起きて作業をし、苦痛に耐えられなくなったら、すぐにベッドで休むというのを繰り返すことにした。そうして、実に久々に書斎のパソコンに向かい、先ず、先月亡くなられた戸部新十郎先生の追悼文を作成した。それから最小限のメールチェックをし、あちこちへメールも送った。階下ではソファに寝そべった状態で、読まなければならない資料を脂汗を流しながら読んだ。脂汗が出るのは痛みに耐えているからである。寝ていても妙な姿勢をとっているので、頚椎(けいつい)が圧迫されたらしく、左肩や右の耳の後ろが痛くなるといういつもの症状まで出てきた。おかしい。確かにおかしい。熱が下がったのになぜこんなに筋肉が痛いのだ?
 今日は、朝から「痛い、痛い」と連発しているのだが、ワイフはほとんど気にしてくれなかった。
 とうとう限界になり、バファリンを飲んで9時に就寝した。開け放した窓から心地よい秋風が流れてくるのだけが、唯一の慰めだった。

9月8日(月)「病気の真の原因はまだ?・・・の風さん」
 6時に起床した。このところ睡眠だけはたっぷりである。しかし、どんどん背中や腰が痛くなってくる。
 止むを得ず、職場へ休む旨メール連絡し、ワイフに病院へ行くことを告げた。
 バファリンを飲んで痛みをごまかしている間に、近所の病院へミッシェルで出かけた。
 ミッシェルを運転するのも3日(水)以来である。何となくスピードが出せない。平日の自宅周辺をドライブするのは妙な気分だ。会社員は平日に世の中で起きていることを見逃している、とふと思う。睡眠十分の目と頭脳を通して眺める世の中は確かに違う。新鮮で、子供の頃に返った気がする。ひどく懐かしい。草や木、風までが輝いて見える。
 初めて受診する病院である。内科で診察を受け、血液検査の結果、白血球数が2000と低いのと、CRPが1.3と炎症を示していた(他にγーGTPが63とやや高め)。とりあえず抗生物質と痛み止めをもらい、血液の精密検査結果が出る夕方、再度訪れることになった。
 ついでだったので、整形外科も受診し、頚椎症を診てもらった。以前、別の病院で下された結論と変わりなかった。「頚椎症と仲良く付き合う手引き」をもらった。
 帰宅後は、痛み止めが効いていたので、小説家の仕事が多少進んだ。手紙を2通書き上げ、宅配便を1つ用意できた。痛みが感じられなければ、人間、かなりの効率で仕事ができるものだ。
 夕方、再度病院へ出かけた。精密検査の結果は、血液の病気ではなさそうとのことだった。すると、あと疑われるのはウィルスか細菌による感染症だ。しかし、まだ特定できないのだという。白血球数が少ないのが不気味だ。結局、明日も受診することになった。

9月9日(火)「どうやら病は沈静化・・・の風さん」
 病み上がりの会社勤めは疲れる。元気な声も出ない。でも、何とか1日持ちこたえた。部下の力は絶大である。
 定時と同時に退社し、病院へ直行したが、1時間25分もかかった。マジョリティが移動する時間帯に同じ行動をとるとこういう目にあう。
 血液検査の結果、白血球数が4000に増えていた。CRPも0.7と下がった。油断はできないだろうが(正直言って、膠原病(こうげんびょう)だったらどうしようなんて考えていた)、とにかく悪化しているなんてことはなかった。薬の投与も中断し、しばらく様子をみることになった。

9月10日(水)「病み上がりのサラリーマン・小説家・・・の風さん」
 夕べも早く寝たので、体力も気力もまだ十分ではないものの、睡眠力で疲労は取れている。気になっている製作所へ出かけることにした。私が行ったからとて何ができるものでもないが、行かねばならない。効率重視の会社の仕事の中にだって、非効率や不合理はいくらでもある。
 本社に帰ると、また仕事が増えた。病気で急遽入院した上司のカバーである。会社というところは、決して社員をヒマにはさせない場所だと見える。それでも、定時後は、また公私混同的な行事があった。東京支社や広報部のご助力で、日刊工業新聞社の取材を受けたのである。会社にとってもメリットがあることを祈るが、小説家鳴海風にとっては、ありがたいこと以外の何ものでもない。
 つい私の悪い癖で、小説を書く生きがいや、小説の書き方を知ってさらに増える小説の楽しみ方を力説してしまった。ああ、しゃべっているより、毎日思い切り小説が書けたらなあ。(取材に来てくれた記者さん、そして同席してくれた広報部の課長どの、ご迷惑をかけました。すみません)
 記事がいつ紙面を飾るかは未定です。
 病み上がりということもあり、早寝することにしているから、帰宅が遅くなるともう何もできない。今夜もさっさと寝なければ・・・。

9月11日(木)「忙中やはり忙・・・の風さん」
 今朝も気になっている昨日とは別の製作所へ直行した。かなりのピンチであることが実感できた。私としてどれだけのことができるのか、真価が問われるときかもしれない。
 夏が戻ってきたような暑さの中、本社に戻った。
 昨年末から取り組んでいた学会賞取得活動が「内定」までこぎつけることができた。めでたいしうれしい。
 ひと月ぶりの血圧検査は114−73と全く問題なかったが、夕方から頭痛がするようになり、不愉快な気分をかかえて帰宅した。
 先日、お礼の気持ちで録音ボランティアの方へ『円周率を計算した男』と『遠き雷鳴』をお送りしたら、それらも録音したいという。かえって仕事を増やしてしまったみたいで恐縮した。
 明日も朝が早いので早く寝るつもりだ。

9月14日(日)「病み上がり状態から技ありで抜け出す風さんの巻」
 病み上がりを意識して、毎日8時間以上の睡眠時間を確保してきた。こうしてじっと我慢していれば、体力もじきに元に戻るし、たまっている執筆も一気に挽回できるだろうと踏んでいたからだ。
 ところが、計算通りいかないのが老境に入ってきた悲しさか。輝く50代は目の前だというのに・・・。
 昨日の午後からワイフまでが熱を出し、1週間前の私と同様に体も痛いという。もしかすると同じ細菌かも。一定の潜伏期間を経て発症したのかもしれない。
 ダンナが寝込んでも何事も起きないが、一家の主婦が寝込むと、地球平和の危機が訪れる。
 病み上がりでまだ体がだるい私は、買い物やら子供の送迎やらで、1日に何度も出かけるハメに。今日は、庭の植木の水遣りもして、薮蚊に刺された。
 執筆は全くはかどらない。某雑誌への原稿である。和算小説に関して、ちょっとした薀蓄を傾ける予定なのだが、気力が湧かなければ何も始まらない。しかし、時間だけは刻々と過ぎていく。
 今日は、各種和算小説の表紙をスキャナーで取り込んだに過ぎない。調べることは山ほどある。
 夕食後、柔道の世界選手権大会をテレビで観ていたら、次第に体の奥に力が湧いてきた。先日の世界陸上でもそうだったが、日本選手の活躍を観ているだけで、元気が出てくるのは、私が単純な日本人だからだろう。かといって、国粋論者とか純血主義とか思わないでもらいたい。高校時代にクラス対抗で燃えていたのと、全く同じ心理状態である。甲子園出場を果たした秋田高校や、忘れた頃に猛虎精神を取り戻した阪神を応援するのと根は同じなのである。

9月15日(月)「勉強会を欠席した夜は・・・の風さん」
 昨夜、寝ようとすると、ワイフの容体を心配する次女がいつまでも寝室から出て行かないので、「それなら一緒に寝なさい」と言って、私はベッドサイドの床にごろりと横になった。板の間でも平気で寝られる私なので、半病人とは言え、カーペットの上なら、全く問題ない。
 そして、夜が明けた。
 ワイフいわく、「とても落ち着いて寝ていられなかったわ」。「どうして?」「だって、寝相が悪くて、すぐぶつかってくるんですもの」「あはは・・・。どうだ? 寝相のいいダンナ様のありがたみが分かったろ! それじゃ、今夜は元通りだ」「元通りでなくてもいいわよ。一人の方がもっと安心して寝られるから」にゃんだって?
 今年初めて新鷹会の勉強会を欠席した。
 夜、ケータイにメールが入った。勉強会の二次会で、私が動き出している新鷹会の改革について、皆が賛同し、一致団結しようと誓い合ったという。うれしいことだ。
 (ハセキョーが出ているドラマが最終回になってしまった。寂しい)

9月16日(火)「体調だけでなくパソコンも不調・・・の風さん」
 このところ執筆マシン(パソコン)の調子が低下している。OS(ウィンドウズXP)のアップデートを繰り返しているせいかどうか分からないが、ソフトが不調になっている。だいぶ以前に住所録ソフトがおかしくなり、最近はアウトルックエクスプレスが変で、ついに一昨日からホームページビルダーまでおかしくなってきた。
 執筆しなければならないことや、重要な(?)メール交換があるので、再インストールや再セットアップはちょっと怖い。第一、時間がない。
 今夜は出張先から9時過ぎに帰宅した。夕食、シャワーの後、書斎に入り、メールチェックすると、12通来ている。それらに対して、とりあえずの返信を送ったり、気になるところへお伺いメールを出しているうちに、もう就寝予定時刻を過ぎてしまった。
 体調も決して万全ではないので、今週も早寝を心がけている。
 しかし、気まぐれ日記のバックナンバーが見られない状態なので、リアルタイムの日記だけは更新しておこう。

9月17日(水)「ミッシェルで1年、22000km、お疲れさんの巻」
 連日30度を超える暑さの中、今日もミッシェルで出張した。自宅から往復で150kmかかる。
 昨年の8月末にミッシェルを手に入れた。待望の2シーターだった。その走りは、期待以上のものだった。ステアリングとアクセルのレスポンスが小気味良いのである。それは今も変わりない。ただ、タイヤの磨耗が顕著になってきた。路面の凹凸の減衰特性に不快を覚える。何しろ、1年ちょっとでもう22000kmも走ってしまったのだから。年内にはタイヤを新調するつもりだ。
 帰宅したら、日本数学協会の会誌「数学文化」創刊号が届いていた。円周率πの特集号になっていて、拙文も載っているが、金田康正先生や瀬山士郎先生も寄稿されていて、うれしい。この会誌は、日本評論社から発売されるので、書店でも購入できる(1500円)。
 今月末締め切りの原稿があり、それは、同じく日本評論社から発行されている雑誌「数学セミナー」の12月号に掲載予定である。「数学文化」にはちょっと肩肘張って数式をたくさん並べたが、「数学セミナー」の方は、読んで面白い内容にしたい。

9月20日(土)「宝塚で萩の月を買えた理由・・・の風さん」
 職場旅行で初めてタカラヅカを観た。
 生憎の雨が降る中、大阪道頓堀で阪神優勝お祝いの余韻が濃く残っている戎橋(えびすばし)を見学し、食いだおれで昼食をとった後、いよいよ電車で宝塚へ向かった。
 私の場合、取材と異なり、観光目的のときは、事前調査をあまりしない。初体験の感動・感激というか驚きを大切にしたいからである。そういう意味では、取材にしても、知識を得るために現地へ赴くのではなく、そこを吹いている風の匂いや空の色、かすかに残っている史跡を眺めながら、当時の人々の内面を空想することを目的にする。それもやはり感動・感激なくしてできないことである。
「感動を絵にするんだよ」杉本健吉画伯の言葉である。私も感動を小説にしたい。
 鑑賞したのは、花組の公演で、ミュージカル・プレイ Romance de Paris と レビュー・ファンタスティーク 「レ・コラージュ」である。席が1階のA席だったため、スターの表情まではとても見えない。後半のレビューでは、レンタルのオペラグラスを利用した。
 私の観たタカラヅカは、訓練を積んだスターたちの歌と踊りの見事さである。中でも、トップスター朝海(あさみ)ひかるの圧倒的な存在感に目を奪われた。一人でも、大勢の中でも輝いていた。決して体格の良い人ではないのだが、舞台の上で大きく見えた。また、男役と女役の違いの妙である。男は決してリアルな男ではないけれども、歩く姿、立つ姿ともに不思議なカッコよさと美が追求されていた。そして、女はより女らしい動きと姿なのである。派手な化粧も子供じみたストーリも関係ないのである。
 ショーが終わって帰るとき、土産物売り場で仙台銘菓「萩の月」が売られているのが目に飛び込んできた。な、なんで宝塚に「萩の月」が?! 「萩の月」の入った箱に朝海ひかるの写真が印刷されている。何のことはない。彼女は宮城県出身なのである。すぐに店に飛び込んで購入した。

9月21日(日)「2日目は薪能・・・の風さん」
 職場旅行2日目は、各自の都合もあって、自由行動である。
 私は西宮在住の知人にあちこち案内してもらった。昨日の雨は小降りにはなっていたが、ときどき傘が必要なほど降ってきた。
 午前中はヨドコウ迎賓館である。大正時代に帝国ホテル建設の目的で来日した、アメリカの建築家F.L.ライトが設計した建築である。江戸川乱歩の小説に出てきそうな和洋折衷の入り組んだ建物で、私はこういうのが大好きだ。できれば生活してみたい。

 昼食後、算学神社の異名もある熊野神社を訪ね、『割算書』の毛利重能(しげよし)顕彰碑などを見た。その後、日本で22番目に古いという地球儀を所有する方を訪ねた。この地球儀は、粘土を固めた珍しいもので、ご先祖様の手製である。他に和算書やいろいろな文献を見せていただいた。
 夜は、西宮にある越木岩(こしきいわ)神社で催される薪能(たきぎのう)の鑑賞である。タカラヅカ同様に、これも初体験であり、楽しみにしていた。
 日が沈んですっかり夜の色に染まっていた。幸い、雨はほとんど上がり、その代わり、冷たい風が吹いていた。
 背の高い木々に覆われた越木岩神社は、提灯の明かり以外光がなく、神々しい雰囲気に満ちていた。
 狂言「柿山伏(かきやまぶし)」に続いて、火入れ式があり、薪が燃えさかるといよいよ最高潮である。
 能は「経正(つねまさ)」だった。ストーリを知らない私は、役者の寸分の隙もない静と動の繰り返しに、息を呑んで見つめるだけだった。

 謡の響きは低く重々しく伝わってくる。

9月22日(月)「色々なことが起きるぜ・・・の風さん」
 昨夜帰宅したのは、11時15分ごろである。帰りが遅いことは最初から話してあったが、ワイフの知らない女性の案内で一日阪神間をフラフラしてきたため、きわめて不機嫌であった。ワイフの好物である「萩の月」の土産も威力を発揮しなかった。
 ワイフの笑顔で送り出されなかった会社の一日というのは、やはり、イマイチである。ではあるが、多忙さは私を大目に見てはくれない。息つく間もない時間を過ごし、早夕方となった。
 夏期連休明けに社内講演をした部署の聴講者が、私の本をたくさん購入してくれた。それが、席に届いて、サインをすることになった。定時後、ニコニコとマジックを走らせ、雅印を押し、名刺をはさんでいたら、ケータイにメールが入った。タイトルは「うぇーん」。ワイフからである。読むと、土曜日の草取りでかぶれたらしく、手足が真っ赤に腫れ上がっているという。昨夜私に冷たくしたバチが当たったのかも、などと泣けるセリフが書いてある。
 すぐにケータイで様子を確認した。幸い痒みはほとんどなく、薬局でも抗アレルギーの薬を勧められ、医者へ行くほどでもないらしい。
 サインを早々に終えて、私は帰宅は急いだ。
 かぶれは手よりも足の方がひどく、じんましんのようになっている。製薬会社に勤める近所の人からも塗り薬をもらっていた。症状は重くなくてほっとしたが、気分が悪いのは想像にかたくない。早目に寝て体を休めるように言った。
 食卓の上を見ると、出版社から封書が届いていた。中から、出版社気付の封筒が出てきた。埼玉県の某教育委員会からである。有名な和算家藤田貞資(さだすけ)の出身地であることから、顕彰会があり、そこの行事の一環で私に講演してもらいたいといった内容の手紙だった。私は小説家であり、和算研究家ではないので、期待に応えられるかどうか自信がない。一度、先方とよく相談してみるつもりである。

9月26日(金)「サラリーマン作家のある1日・・・の風さん」
 月末締め切りのエッセイの原稿があるのだが、時間がない上に体調がイマイチで気力が続かない。この日記もほとんど更新することができない。
 今日は出張で山梨県まで出かけた。会社の仲間が運転する車に便乗させてもらって、東名、中央道と、片道約270kmだそうだ。これではいくら運転が好きな私でも、ミッシェルで日帰り往復する気にはなれない。それなら電車で、とパソコンで調べてみたが、最寄の駅が韮崎では、名古屋からのアクセスがきわめて不便なのである。これも諦めざるを得なかった。
 途中、事故による渋滞などがあったが、ほぼ予定通り諏訪サービスエリアで昼食となった。信州は蕎麦が名物なので山菜蕎麦セットを食べた。蕎麦はかためで美味かったし、野沢菜をまぶした飯もわさびが効いていて涙をにじませながら賞味できた。昼食後、ケータイを使ってメールチェックするとけっこうたくさん届いていた。すぐに返信をしたいものもあったが、先を急ぐ旅では、それは困難だった。揺れる車の中では、ケータイの画面はよく見えないし、第一酔ってしまう。
 夕食も諏訪サービスエリアとなった。仕事はちゃんと果たせたので、後は無事に帰るだけである。
 実は、ミッシェルのガソリンがなくなりかけていた。11時までなら、いつものガソリンスタンドで給油できる。本社には遅くとも夜10時までに帰りたかった。しかし、出張先を出発した時点で、その計画は不可能となっていた。自宅の土産に「栗羊羹」を買ってから、今日2度目のメールチェックをした。やはり、返信を打っている余裕はなかった。
 帰宅したのは、午前零時ちょっと前である。ワイフがディズニーランドのビデオを観るというので、それから2時間も付き合った。

9月27日(土)「今ごろ、またゴキが・・・の風さん」
 久しぶりにエッセイの原稿に取り組んだ。今回は和算小説の解説をするので、ある意味では得意分野である。しかし、これまで出版された数々の和算小説に対して、鳴海風らしい分析と考察を加えるとなると、ちょっと緊張する。むずかしい話より、楽しい内容にしたい。
 書斎にこもっている間に事件が二つ起きた。
 5年間飼っていた3匹の金魚の中の1匹が死んだ。これは夜店の金魚すくいで手に入れた金魚で、せっせと家族がエサを与えて大きくしたものだった。中でも一番大きな金魚が、数日前からエサを食べなくなり、体の色も白っぽくなって、心配な状態だった。死んだ金魚は、ワイフと次女が、庭のログキャビンの横の樅の木の根方に埋葬した。うつる病気でないことを祈りつつ、ワイフが金魚鉢の水を取り替えた。
 二つ目の事件は、次女が私に知らせてきた。1階の廊下にかけてあるジグソーパズルのパネルに、大きなゴキがへばりついているという。んなバカな、と思いつつ確かめに行くと、フレームのところに上を向いてとまっていた。くそ、とばかりに、台所からゴキジェットを持ってきて、シュパッと吹きかけると、抵抗する様子もなく、ふらふらと上へのぼっていく。そろそろ気温も下がり出しているので、弱っているのかもしれない。なおもしつこくゴキジェットを吹き続けると、ようやく床に落下した。そこで、ふと手にしたゴキジェットを見たら、それはゴキジェットではなくて、ハエや蚊専用の殺虫剤だった。慌てて台所へとってかえし、ゴキジェットと交換して、動きの弱くなっていた大きなゴキにトドメをさした。盛夏のころだったら、最初のへぼ殺虫剤にものともせず、というか怒り狂って逆襲してきたかもしれない。命拾いした。これで、今年のゴキ出現は2匹目。打ち止めにしてほしい。

9月28日(日)「給油がなければ外出もできない風さんの巻」
 昨日はミッシェルの給油に行けなかったので、今日恐る恐る出かけた。なぜ恐る恐るかというと、燃料計の指針が既にE(エンプティー)の下に達しているからである。いつも行くガソリンスタンドまでは、約10km強ある。エアコンをつけず、加速も遠慮気味にして、慎重にガソリンスタンドを目指した。
 前回の満タン給油からの走行距離は455kmを超えていた。ミッシェルのガソリンタンクの容量は52Lのはずである。夏場はエアコンを使うので、燃費は10km/Lを下回る。12ヶ月点検をさぼり、前回のオイル交換からもう1万km以上走行しているので、最近は何となく燃費が落ちている気がしていた。だから、ハラハラなのである。
 ようやくガソリンスタンドが見えたときは、正直言ってホッとした。
 燃料計の指針は不正確だった。50L近く入るかと思ったら、そんなことはなく、やっと43Lを超えただけで、燃費も10.7km/Lと出た。
 秋晴れの空の下、伊勢湾を横目に眺めながら、寄り道せずに帰宅した。エッセイの原稿がピンチである。地元の小学校の横を通る時、運動会の声援が空高く上がっていくのを聞いた。

9月29日(月)「折り込み広告にご用心!・・・の風さん」
 某月某日の話。
 よく新聞の折り込み広告の中に、「さあ、お申し込みをお急ぎ下さい! 今日から20日間限り! 5大特典付」などと気を引かせるような文句を並べ立て、何かを買わせたり、何かの講座を受講させたりするようなものが入っていることがあるでしょう?
 一見、とってもお得なような印象を抱いて、ついうっかり申し込んでしまったりすることがある。
 その折り込み広告を見たうちの子供らが、実に鋭い指摘をした話である。
「この写真に写っている男の17歳の学生って、髪型変じゃない? 今どき、こんな長髪の学生なんていないよ」
「そうそう、こっちの女の子も変だよ。今はストレートパーマが流行でしょ? なんで、若い子がウェーブかけてるの? 絶対おかしいって」
「この愛知県の@@中学の生徒の記事も変だよ。だって、その中学、今はもうないし・・・」
「感謝のお便りが殺到って書いてあって写真が載っているけど、何これ? 郵便番号5桁じゃないの。それに、写っている切手、62円じゃん!」
 ということで、今から10年以上前に作ったと思われるチラシを再利用して、新聞に折り込んでいたのである。
「じゃ、もうこの会社ないかもしれないな」
 うっかりお金を支払ったが最後、何も手元に届かない。たとえ届いたとしても、それは10年以上も前に作りだめした品物かも・・・。
 皆さんも、ご用心!

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